本書は、東京都写真美術館で企画された展覧会「須田一政 凪の片」の図録として出版されたものである。須田一政は代表作〈風姿花伝〉(1976年)により、日常に隠された非日常を捉え、私たちの視線を異界へと導く表現で高く評価され、以来、身近な風景や人物、どの土地にもある祭りや風俗等を被写体とした作品を発表し続けている。そして国内のみならず海外でも、日本で独自の発達をした私的視点を写真表現に持ち込んだ作家達と並んで紹介され、中でも作家独自の主観的でありながらも民俗学的な視点により、日本や東京といった既成のイメージに新たな切り口を与える点が着目されている。
作家がこれまで、50年余の膨大な時間を費やし制作してきた作品群、もしくはまだネガの状態で保管され続けている数百万から千万枚にも及ぶ膨大な写真の層を思った時、「凪の片」という句が、ふと浮かんだ。「凪」という朝夕に風がぴたりと吹かなくなる現象は、時を止め、瞬間を捉える写真に例えられる。風のない、じっとりとした空気は、須田の写真に込められた濃密な時空とも相通ずる。そして何よりも、作家の表現に触れるための糸口にもなるのだ。
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